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ZEPHYR-Wright

キロンの物語 桜餅

桜餅part.6 (キロンの物語1)

「ど、どうして……?」

「ちょっと前から考えていて、じつは明後日、話そうと思っていたんだ。ほら、1月にポリープの手術したっていったよね。そのときに、いろいろ思ったんだ。ああ、それに……こんなことが起きて、今の亜弥の様子を見て、よけいにね」

 涙が勝手に、どんどん頬を伝って落ちるのがわかった。だけど、わたしは馬鹿みたいにずっと聡史の顔を、目を、見つめていた。やがてそれは潤んで見えなくなってしまい、手でこすって、それでもなお、わたしは見つめ続けていた。これは夢? 本当のことなの?

「あの頃、僕もいけなかった。僕は頭でいろいろ考えて、先々のことまで計画するのが好きなのは知ってるだろ」

 うん、と機械的にうなずいた。涙がバラバラとこぼれた。

「何歳までにどうなって、いつ頃には家を建ててとか。そんな自分の考えにがんじがらめになっていた。それって、うちの親から受け継がれてるんだよ。そういう教育方針だったから。まあ、親のせいになんかできないけど、そんな性格だから、君の気持ちに応えられなかった。ちゃんとやってればわかってくれると思い込んでいた」

「違う……それは違う……」

「1月から時間も作れる部署に変わって、そうしたら娘もすごく喜んでくれた」

 彼は苦笑した。

「そういうことなんだって、わかった。だから、前のようなことはないと思う。やりなおしてもらえないかな」

「どうして……?」

 聡史は怪訝そうに見つめ返した。

「どうして、そんなふうにいつもいうの!」

 わたしはつい、大きな声を出してしまった。

「わたしを叱ってよ! 罵ってよ! わ、わた…わたし、一度も怒られてない!……あのときだって『離婚させてください。お願いします』だなんて――」

 呼吸がうまくできなくなっていた。息継ぎがうまくできなくなって、次の言葉が出てこないほどだった。

「あ……わ、……わたしがあのとき、どれだけ怒ってほしかったか……。わたし、罰がほしかった。徹底的に痛めつけてほしかった。そ…れなのに、慰謝料もいらないとか…ありえないよ! 亜弥にだって会わせてもらって、だから、亜弥は今でもちゃんとわたしのこと、『ママ』って呼んでくれて……。それは感謝してる。だけど、聡史がいけない!……ああ、ああ、違う! ごめん。違う違う! いけないのは、わたしなの。わたしが全部悪いのに。だけど…だけど…わたし、ああ…わたし、なにいいたいんだろ……」

 聡史は黙って待ってくれていた。ようやく、言葉を見いだした。

「叱ってもらえないと、わたし、聡史のお嫁さんに……ヒック……もう一回なんて、なれないよぉお!」

 パシーン、と目が覚めるような一撃があった。

 一瞬、何が起きたのかもわからず、わたしは部屋の片隅を見つめていた。視野に聡史はおらず、自分の首がねじ曲がるほど、違った方向を見ているのに気づいた。

「これでいいか」

 振り向くと、聡史が手を引っ込めるところだった。もう一度、彼はいった。

「これでいい?」

「はい……」

 わたしは呆然と、叩かれた左頬を触った。

「じゃ、復縁してくれる?」

「はい」

 わたしは起きた現実を、まったく受け止め切れていなかった。

「あの……。これ……」

 わたしは持ってきた聡史名義の通帳を差し出した。もし何かこの地震でトラブルなどあれば、使ってもらおうと思って持ってきていた。昨日入金し、ようやく7桁に届いたばかりだ。

「まだ、ぜんぜん少なくて、恥ずかしいんだけど。せめてもの償いだと思って、受け取ってください」

 聡史は通帳を開き、少し驚いたようだった。

「わかった。ありがとう。受け取ります」

 そういって微笑んだ。その顔を見て、わたしはボロボロ泣き出した。

「本当にいいの? 本当に復縁してもらえるの……」

「本当だよ」

「ありがとう……。ありがとうございます。今度こそ、一生かけてあなたを愛します。償いをさせてください」

 聡史に抱きつきたかった。すがりついて、おんおん泣きたかった。でも、我慢した。そんなこと、まだできる資格はない。

 彼はそれから、これからのことを話した。


 もうすでにご両親には、復縁の可能性を伝えていて、わたしさえOKならと納得してくれている(道理で当たりが柔らかだった)。

 この二年半、わたしが独りで頑張っていること、その中で聡史や亜弥のことだけ考えていること、口先だけでない反省をし、きっとこのままだと他の誰とも再婚せずに生きていこうとするだろうとか、そんなことを聡史は伝えていたらしい。

 見ていてくれた……。うれしかった。

 なによりも亜弥にとっても、やはり母親がいた方がいい、そのことは一番だと思ったと。

 ご両親も、だんだんとわたしを不憫に思い、同情的な態度を示してくれていたそうだ。復縁してやったら、ということも、じつはお母様が最初にいい出したそうだ。

 聞かされると、何か胸が締め付けられた。わたしなんかのことを、そんなふうに思ってくれていたなんて。

 ありがたかった。ありがたすぎて、申し訳なかった。


 ただ自分も迷いがある、と聡史はいった。

 前回のことはどうしても癒えないトラウマのようになって残っていて、今でも苦しくなることがある。離れていると大丈夫だったが、一緒に暮らすようになったら、時には怒鳴ったりイライラしたりして、感情的になってしまいそうに思うと。

 当たり前だと思う。それだけのことをわたしはしたのだ。

 そういうことがあっても我慢できる?と問われ、もちろんだと答えた。

 そういった感情的な不安感を軽減するために協力してほしいといわれた。

「なんでもする。させて!」

 仕事や外に持って行くこともあるので、携帯電話はロックしても良いが、互いのロックナンバーを教え合う。許可なくそれを変更せず、いつ相手が見ても良いことにする。少なくとも自分は見てもらっても困ることは一つもないと聡史はいった。もちろん同意した。

 PCなどで使うメールも同様。

 仕事で遅くなるとき、何か別な用事で外出するときは、ちゃんと報告すること。もちろん、ちゃんとする。

「一度失われてしまった信頼関係は、なかなか取り戻せない」と聡史はいった。痛い言葉だったが、それは当然だった。

 ゼロからではないと、わたしはこのとき感じた。わたしたちの場合、マイナスから回復しないといけないのだということが、このときの話でよくわかった。

 わたしは自分からも提案した。

「もしこの後、また信頼を裏切るようなことがあれば、即離婚でいい。わたしの署名と捺印をした離婚届を用意しておきますから、それをあなたが持っていてください。でも、そんなことはもう絶対にしないと誓います。そんなことをしたら、わたし、自分で命を絶ちます」

 聡史はそのとき、何かすごく辛そうな表情をした。

「命を絶つなんていうな」




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