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ZEPHYR-Wright

キロンの物語 桜餅

桜餅part.9 (キロンの物語1)

 一周忌の法要が執り行われた。

 お寺での法要には、親戚だけではなく、聡史の主治医であった友人医師の姿もあった。なんでも、親御さんに聡史が頼んでいたらしい。一周忌には必ず彼を呼んでほしいと。

 わたしは聞かされていなかったけれど、病床の彼からそんなことをいわれたら、ヒステリックに拒絶したかもしれない。わたしは最後の最後まで奇跡を信じたかった。けれど、彼はとっくに覚悟ができていたようだ。

 法要の後、近しい親戚と友人医師を交えての会食があった。まだ一年――湿っぽい会食だった。

 その最中、友人医師が「ちょっといいですか」とわたしに耳打ちした。

 わたしは席を離れ、友人医師と会食会場の外へ出た。

 彼は懐から封筒を取り出し、差し出してきた。

「預かっていたものです。子供も生まれ、少し気持ちが落ち着いているようだったら渡してほしいと」

「え?」

「聡史からです」

 手に取ると、わたしの名前が聡史の字で表書きされていた。封はされたままだ。

「お詫びしなければならないことがあります」

 友人医師は頭を下げ、告白した。

 じつは、聡史の癌の発覚は、本当は2011年の1月だったと。その段階ですでに手遅れで、手術をしたところで延命にしかならないとわかっていた。

 医師としては手術を勧めた。万に一つの可能性もあるといったが、やはり気休めだった。それは聡史もわかっていたようだった。

 この段階で余命半年、という診断だった。

 そこで聡史は、「このことは誰にも黙っていてほしい。親にも。手術は受けるが、ポリープか何かということにしてほしい」といった。

 聡史は会社に自分の本当の病状を伝え、部署の転属を願い出た。会社は過去の彼の功績を高く評価していて、これまで無理をさせてきた事実もあった。すぐに1月から時間の取れる部署に移ることができた。そして、この事実は会社にも秘密にしてもらったという。

 ポリープという名目で手術を受け、そして聡史は、自分の病状については黙したまま、そこから復縁のために動き出したのだと。

「なんで、そんなことを……。なぜ主人はわたしやご両親にまで秘密にしていたんでしょうか」

 わたしは手紙を手に握りしめたまま、医師に問いかけた。

「わかりません。あなたに負担をかけたくなかったのか、真意は自分も聞いていません。ただ、驚くべきことがあります。これは聡史から、絶対にあなたに伝えてほしいといわれていたことです」

「なんでしょう」

 それは…と彼が語ったのは、復縁後、5月下旬の検診で、聡史の病状は奇跡的なほど持ち直したということだった。

 もしご要望があればカルテもレントゲンもお見せする。彼の癌はもういくつかの部位に転移していたのだが、一時的にそれが小さくなったのだと。

 その前月、わたしと聡史はもう一度ちゃんと結ばれることができていた。

「もしかしたら、と思いました。このまま奇跡が起き、彼が回復するのではないかと、本当に思った」

 が、8月に再手術になってしまったのは、その癌細胞が再び大きくなってくるのが確認されたからだと。

「聡史はいっていました。このまま癌で亡くなったら、かならずあなたは自分のせいで夫が亡くなったのではないかと思うと。たとえば復縁のストレスとか、そういうもので追い詰めたのではないかと」

 その通りだった。

 わたしのせいではないかと、ずっと思っていた。

「ですが、そうではないんです。あなたとやり直せたことで、聡史の病状は回復していたんです。医学的にはほとんど奇跡的に。だから、あなたにこの手紙を渡すときに、その事実を伝えてほしいといわれていたんです。もっと早くにお伝えした方が良かったのかもしれませんが、お子さんの出産などもあり、タイミングを躊躇している内に今になってしまいました。申し訳ない。一周忌には招くように親御さんに伝えてあるので、遅くともそこでこの手紙を渡してほしいと依頼されていたんです」

 涙ながらに伝えてくれた。

 わたしは呆然と手紙を手にたたずんでいた。

 

 帰宅後、子供たちも寝静まってから、わたしは手紙を開封した。

 こわかった。手が震えた。


 なにがこわかったのか、よくわからない。今さらのように聡史から恨み辛みをしたためられているのではないかとか、そんな妄想も頭をよぎった。

 もちろんそんなことをする人ではないと信じていたが、わたしが過去に行った罪の根深さが、そんなことさえ思わせた。

 

 愛する――

 そう、そういう書き出しとわたしの名への呼びかけで始まっていた。


 これを君が読むとき、自分はもうこの世にいないはずです。

 最初に言いたい。

 ありがとう。もう十分に償ってもらいました。

 たぶん君は、償いきれないうちに僕が死んでしまい、もしかすると僕の病気のことも自分のせいではないかと思っていると、推測しています。

 当たった? その通りじゃない?

 ハハ。

 実は僕は超能力者なんだ。

 ていうのは嘘だけどね。


 その程度のことは、わかるよ。

 君のことは、よくわかってる。長い付き合いだから。

 それに、君が今の僕をすごく愛してくれて、僕や亜弥、それにお腹の子のことを、ほかのどんなことよりも考えて、自分を滅して、尽くしてくれていることがわかってる。両親への振る舞いをみていても、それはわかる。

 だから、まず言いたい。

 

 もう十分に償ってもらったよ。

 君の償いは、「僕がちゃんと再び君を愛せるようになったこと」です。

 言っている意味、わかるかな?

 僕は今、ちゃんと君を愛せている。

 以前のように。

 いや、違うな。以前よりも、ずっと。


 交際が始まった20歳の頃より、結婚した頃より、今の君が愛おしく、大切に思う。


 そうなれたのは、すごく幸せなことで、そうなれたのは君がもう一度、信じさせてくれたから。

 むろん100%の信頼なんて、普通にどんな夫婦だってなかなかできないけれど、以前、何も考えずに無条件で信じ込んでいたのと違う意味で、僕は君を信じられる。

 なんていうのかな。

 そう、君がもう一度僕に信じようと思う勇気を与えてくれた。



 少し順を追って説明します。

 僕の癌は2011年の初めにはわかっていました。その段階で、余命は半年とあいつに告げられました。あの馬鹿医者です。ま、悪く言っちゃいけないんだけど(笑)。

 あいつはできのいいやつで、医者としても優秀らしい。

 そのとき僕が考えたのは、半年という限られた時間の中で、自分の残された命をどう使うか、何ができるのかということでした。余命を宣告され、ショックだったけど、限られた残りの時間だからこそ、真剣に考えた。

 人は皆、本質的には限りある命なんだけど、本当に先のタイムスケジュールが見える形で突きつけられてしまった。


 正直に言います。

 最初に考えたのは、亜弥のことでした。

 亜弥は一度、母親を失う経験をさせてしまっています。ごめん。君には痛い言葉だと思うけれど、どうか読み進めてほしい。そうさせたのも自分です。

 母親と離別、今度は父親の僕がこの世を去ってしまう。確実に。

 親を失うという体験は、人生のどこかで起きることだけれど、まだ幼い亜弥にとってはあまりにも酷だと思った。さいわい、亜弥は君のことが好きだ。今まで黙っていて申し訳なかったけれど、亜弥がパパとママと一緒にいたいと願っていたというのは感じていた。

 それができなかったのは、自分のせいです。

 あのときの心の傷が、どうしても癒えなかった。あ、これは、君を責めるために書いているのではなく、今はもう癒えたと感じているから、そうはっきり告げています。

 でも、とにかく亜弥のために、母親だけはそばに戻してやりたかった。

 余命を告げられなければ、君との復縁はまだまだずっとできなかったかもしれない。


 亜弥の次に考えたのが君のことです。

 もしこのまま自分がこの世を去ったら、君はどう思うだろうと考えた。君はずっと僕たちに償いをし続けなければと考えていたよね。それは見ていてわかる。でも、僕が死ねば、君は償いをする対象を失い、またこのような形で僕が亡くなってしまったことにすら、きっとすごい責任を感じて、もっともっと深い後悔の中で人生を生きなければならなくなる。

 そんなふうになってほしくなかった。

 それに、僕自身、あのときのままの状態でこの世を去りたくなかった。


 それは、悔しいと思った。それでは、何か負けるような気がした。

 誰にというわけでもないんだけど。たぶん、自分自身にだと思う。

 だから、僕と君の関係を何らかの形で取り戻したかったんだ。

 それに、この残り少ない命を、より価値あるものにしたかった? なんかそんな思いもあった。


 あ、君との復縁は、癌になった自分のお世話をしてもらうためじゃないよ(笑)。そんなこと思ってないと思うけど、念のため。

 

 復縁を実行すると、君はもう一度、僕を失うことになって、すごく辛い経験になってしまうとわかっていた。

 そのことも考えた。

 でも、ここはわがままを通すことにした。ごめん。

 僕は君という存在を自分の人生に取り戻したかったし、それに矛盾しているかもしれないけれど、残された命で君を解放したかった。

 君が僕たちに償いをし続ける人生ではなく、君と僕がもう一度愛し合える人生にして終わりたかった。

 それが僕が最後にできることだと思った。


 末期癌であることを隠していたのは、それを告げての復縁だったら、君は僕に対して償いという姿勢でしか関われないと思ったから。

 そんなんじゃない。もう一度、当たり前の夫婦になりたかった。

 生きている間にそれができるかどうか、癌と発覚するまでにできるかどうか、時間との闘いだった。

 でも、限られた命だからこそできると思った。


 それはできた、と感じている。

 僕は満足だ。

 悔いはない。

 あ、いや。違うな。


 もう少し自分の健康を管理しておけば、こんなことにはならなかった。

 仕事仕事で、少々の不調など無視し続けて、この結果だ。

 

 かわいい亜弥の顔をもっと見ていたかった。

 かわがってやりたかった。

 生まれてくる子にも会いたかった。

 子供たちの成長を見守りたかった。

 成人式。結婚式。孫の誕生。

 どれもこれも本当に見たいよ。

 でも、もう見られない。

 子供が手を離れてから過ごす君との暮らし。

 もう、その全部を見ることができないし、体験することもできないけれど、天国からは必ず見守る。


 君も幸せになってほしい。

 もう僕からは解放されて。


 僕は君を取り戻し、半年と言われた余命が、少し伸びたみたいだ。

 復縁して一年。

 人生最高の一年だったよ。

 僕も君にもう一度恋をした。大好きだよ。


 君にはこれからの人生、きっと長い時間がある。

 その時間を大切に使ってほしい。

 

 子供たちのこと、よろしく頼む。

 そして、君自身が僕から解放されて、幸せになることを願う。

 本当に願う。

 だから、そんなチャンスがあったら、迷わずそれをつかみ取ってほしい。

 遠慮なんかするな。

 それが僕の望みだ。


 まだまだ告げたいことはたくさんあるような気がするけれど、最後にかけたい言葉はやはりこれだけだ。


 愛している。ありがとう。

 

 読みながら、手紙を握る手がぶるぶる震え続けた。

 泣いた。

 子供たちを起こさないように、声を押し殺していたけれど、読み進めるうちに我慢できなかった。彼の名を呼びながら、号泣した。



 月日は流れる。

 子供たちは成長していく。


 それでも――

 わたしはずっと聡史のことを思い続けている。それは何も変わらない。


 春が訪れるたび、桜が咲くたび。

 わたしはそこかしこに彼の思い出をあたためる。

 幾度も思い出し、泣いたりもする。少しずつ微笑めることもある。

 

 春の彼の命日には、いつもお参りをする。

 今年、早咲きの満開の桜の下、花びらがいっぱい墓に散っていた。

 彼岸から間もないが、

 あらためて掃除をし、

 花を取り替え、

 水をあげ、そして線香をあげ、


 わたしは語りかける。

「あなた、亜弥は今度もう6年生だよ。いいお姉ちゃん。聡は小学校に上がるよ。やんちゃよ。誰に似たんだろうね」

「お義母さん、こないだぎっくり腰になってね、大変だったのよ」

「お義父さん、あれでけっこう優しいね。今、家で看病してるの」

「それからね、こないだ家に野良猫が来てね、亜弥がね……」

 些細なことから大きなことまで報告しながら。


「桜餅、買ってきたよ。あなたの好きなお店の」

 供える。


「ママ!」

 亜弥が呼び走ってくる。その後ろから、頑張って聡がついてくる。わたしは立ち上がり、少し腰をかがめて二人の子らを迎える。


 ざっ、と風が吹いた。

 桜の花びらが、たくさん舞った。なんだか、喜んでいるみたいに。

 


                  ――――「桜餅 fin」

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